Fragment I : Santalum

Manuscripts

白檀の香りを嗅いだとき、最初に変わるのは気分ではなく、呼吸の深さだと思う。

意識よりも先に、身体のほうが静かになる。
考えごとは止まらないが、速度だけが落ちていく。
この香りは、何かを足すためのものではない。

高揚も、切り替えも、前進も起こらない。
ただ、沈む。
それも急がず、抗えない速さで。

白檀は香りというより、時間の底に溜まる木の感触に近い。

ただし、それは我々が知っている、煙としての白檀の話だ。

煙としての白檀は、空間に広がり、やがて消える。

一方で、香油としての白檀は、逃げ場を持たない。


Sandalwood No.1

伝統的な水蒸気蒸留法によって、長い時間をかけて抽出されたこの香油は、
かつて金にも等しいと讃えられたという言葉を、誇張に感じさせない密度を持っている。

軽さはなく、拡散もしない。
それは香りというより、沈殿に近い。
この白檀は、空間ではなく、皮膚に沈む。

私は頸に一滴だけ落とす。

それ以上は必要ない。
体温でゆっくりと緩み、皮脂と溶け合いながら、甘さは外へ広がらず、皮膚の最上層にだけ留まる。
煙の白檀が「場」をつくるものだとすれば、香油の白檀は「個」を閉じる。

誰かに届くことを目的とせず、自分の輪郭の内側で、静かに完結する。


香油の白檀は、特別な日のためのものではない。
むしろ、同じ動作を繰り返すためにある。
私は毎朝、同じ場所に同じ量だけ落とす。
量を測ることはない。
一滴という感覚だけが、手に残っている。
頸に触れた瞬間、香りは立ち上がらず、沈む。
そのまま皮膚の温度に馴染み、日中に姿を変えることもない。

この行為に高まりはない。

集中を高めるわけでも、気分を切り替えるわけでもない。
ただ、身体に「始まり」を記すだけだ。
香油の白檀は、時間を刻むための香りだと思っている。
朝に沈み、夜まで留まり続ける。

その間、香りは主張せず、消えもせず、皮膚の一層下で、同じ重さを保ち続ける。

それを私は、儀式と呼んでいる。

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